Bin-Heart(とある美容室のブログです)
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「道」という字

カテゴリ : ETC
中国ですか、「道教」ってあります。
 
たまたま、多神教とかで検索していたら出てきたのですが、
 
「道」と言う字、知ってましたぁ?
 
「辶」は、タオ、終わりを意味するらしく、
「首」は、始まりを意味するんですって。
 
「道」には、始まりと終わり、陰陽のような意味があったんですね。
コレだけで、何だか感動していたのですが、
道教では、
学ぶことは出来るが、教えることは出来ないとされている。
らしい。
 
これまた激しく同意しました。
成長することは出来るが、育てることは出来ないと思っています。
 
 
やる氣が無い人を、育てる事は出来ません。
逆に、
成長したのは、その人の努力であったり、挑戦を続け、諦めなかったからで、
誰かが、何かをして、育てたんじゃないと思うんです。
オレが育てた、、、って言いたい氣持ちは、分からなくはありませんけどね。
 
 
自分の為に、教えたいから教えた。
そして幸いにも、
教わりたい人が居てくれた。


 
そう思ってたらね、
◯◯してやったのに、、、とか、
裏切られた、、、って感情や言葉、出てきませんよね。
 
 
脱線した、、、。
 
 
始まりと終わり、終わりと始まり。
 
 
これ、同じ点を指していますよね。
 
始まりと、終わりは、見方が違うだけど、同じです。
ある人は終わったと悲しみ、
ある人は始まると喜ぶ。
 
終わらないと、始まらない。
始めたければ、終わらせないと。。。
 
 
面白いですよね。
 
始めることばかり考えていても、
終わらせることをしないから、始められないとも言えます。 
 
終わったことに執着しても、戻らない。
何が始まったのか?
始まりを見ることも出来るかもしれません。
 
 
始めたければ、まず終わらせましょう。
何も捨てずに始められないんですよね。
 
大きなことを始めたければ、
大きな執着、心地よさ、安定を捨てないと、始められないんだなぁ~って思うんです。
 
 
道は続くのですが、その中身は、無数の始まりと終わりを繰り返しています。
知らない間に、細胞も死んでいってるんです。
2年前の写真を見て、若いのでビックリ。
 
 
「道」
 
始まりと終わり、、、な~んか、考えさせられました。




良し悪しという概念

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「良し悪しという概念」
 
殆どの人は、良し悪しという価値観が、当然のように存在すると思っています。
というか、思ってもいないほど、当たり前だったりしますね。
 
そこで私が、「そんなもの無い」と、言い切ると、
「人を殺しても良いのか?」という質問が来ます。
 
戦争中は、良いのかも?とか、
仲間を救う時は仕方がない、、、とか、
そうじゃなくて。
結局、良し悪しという概念上で答えを出そうとしても出ません。
 
 
殺すことを正義にしてしまう考え方もあるんですね。
 
 
まぁ、一般的には、殺そうか?どうしようか?と、悩んでいる人は少ないでしょうし、
そのあたりの思考は、また追々ということで、
如何に良し悪しは存在しないのか?
このことに絞って記事を書いていきたいと思います。
 
 
「良し悪しなんて無いよ」っていうと、
「そうそう、良し悪しなんて無いからね、立場によって変わるから」
と、返ってきます。
 
立場によって、良し悪しは変わる。
どっちから見るかだけで、入れ替わるって事ですね。
このあたりは、結構理解できるんじゃないでしょうか?
 
自分もずっとそう言ってました。
でも、本当に無いんだと腑に落とすまで、もの凄い時間がかかっています。
 
結局は「良し悪し」という概念に囚われていたんです。
 
 
本当に、何をしていても、
どこに居ても、
銀行んpATMで並んでいるときも、
仕事をしているときも、
友達と遊んでいるときも、
会話を楽しんでいるときも、
常に普通に存在する価値観。
逆に言えば、
その価値観をベースに生きているとも言えます。
 
 
それが無いという事を、どれだけの人が本当に理解しているのか?
この概念を払拭したら、、、
殆どの会話が無意味に感じてしまいます。
きっと、ただの変わり者扱いされますけど、
誰の為でもなく、
自分のために「良し悪しという概念」を崩していきたいと思います。
 
 


ドラマのような本当の話し

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ドラマのような、本当の話しを紹介しますね。
 
 
2年ほど前に知り合った友人。
彼は、同じ「言霊の学び」をしているカナダ在住の日本人女性に恋をしました。
FaceBookで知り合い、メッセージのやり取りや、おそらく音声通話もしていたでしょうけど、
「山ちゃん、どうなるか分からないけど、行って愛を叫んでくるわ~」
と、愛を叫びにカナダのトロントに行く決意をしました。
 
ところが、
前夜、飲みすぎた彼は、予約していた飛行機に乗り遅れてしまった。
さいあくですね。
 
時間は限られていた。
しかし、
諦めること無く、1日ズレたのか、2日ずれたのか知りません。
乗り継ぎながら行ったのか?
詳細は分かりませんが、
無事、辿り着き、彼女も待っていてくれたとか(^^)
 
彼女との2ショット写真を送ってきました。
「彼女、本当に純粋な人やねん」と惚気けていましたよ。
 
 
そして、いろんな障害を乗り越え、大恋愛の末、
結婚し、世界で一番大切な人との時間が流れたんです。
 
 
昨年の末に体調を崩して行った病院での検査結果は、
肺ガンで、ステージ4。
そして先日の2017/03/25深夜、最愛の奥さんに見守られながら独り旅立ちました。
知り合って1年半、結婚して9ヶ月、38年間の人生でした。
 
 
彼は、人生の終わりに熱烈な恋愛をし、
結婚し、とても深い時間を過ごした事と思います。
その世界一大切な彼女に喪主を務めさせる事になろうとは。。。
残酷ですよね。
 
とっても敏感で似たもの同士の二人が、
お互いに支え合い、
分かり合い、
慰め合ったであろう日々は想像できます。
なのに、
私には最期まで弱いところを見せずに、カッコつけて逝きました。
 
 
葬儀は、大分の実家近くで行われ、
言霊を学んだ仲間が全国から私を含め7人集まってくれました。
 
何とも言えなかったのは、
斎場で炉?に入った後、泣き崩れる奥さん。
誰も声をかけることが出来ず、
ただ黙って落ち着くのを待っていたのは、その7人でした。
結婚して9ヶ月で喪主という大役を任され、それまで必死に頑張ってきました。
我慢できずに大泣きしちゃった。
 
思いっきり泣いて欲しいと思いました。
独りじゃないよって。
みんな同じ気持ちだったんじゃないかな?
私にとってその時の「場」は特別でした。
 
そしてしばらく泣いた後、振り返った時、
みんな黙って待っててくれた。
 
少ない、ほんの少しだけれど、
そこに安心感を感じてくれたかも知れません。
一瞬、笑顔になった氣がしました。
 
 
ホント、ドラマみたいな話でしょ?
 
今考えると、彼と出逢ったのは、
最期の光を放つ寸前だったのかな?
そして間もなくスパークして最期の光で周りを照らし、
それぞれにメッセージを送った。
 
 
彼と出逢った意味、
彼の残してくれたメッセージ。
今は未だハッキリ分かりません。
 
ただ、これからも彼と関わった全ての人の、
それぞれの心の中に生き続ける事と思います。 
 
そして、この物語を、たまたま読まれたあなたにも、
彼からのメッセージがあるかも知れませんね。
 
もし、メッセージを受け取った方は、
受け容れ、アクションを起こして欲しいと思います。
私は取り敢えず、
再開しようと思っていたブログを書こうと思いました。
 
ししてまずは、この話しを紹介させて頂きました。
 
 
 
ありがとうございました。


最近、細菌にハマってます

カテゴリ : ETC
例えば争いごとがありました。
部外者からすると、善悪の二項対立。
でも、本人たちはどちらも自分が善だと思っている。
そもそも、善も悪も無いんです。
見方、感じ方、立場、時間で簡単に入れ替わる、
いい加減な概念でしか無いんですね。
 
良く、自分の長所、短所を書きなさいとか、言いなさい。
なんて、どうしようもない事やらされましたよね。
長所が短所だし、短所も長所、、、。
そもそも、そんな概念自体が無いと思いますけど。。。
 
 
ところで今、微生物に凝っています。
器の小さい私には、
宇宙や世界は大きすぎて分からないので、
今度は小さな世界を覗いてみようかと(^^)
ちょっとした切っ掛けで、今はせっせと菌を培養しています。
毎日、実験している科学者みたい(汗)
 
 
ところで、発酵と腐敗の違いってご存知でしょうか?
客観的には同じ現象なんですよね。
ただ、主観的に見ると、
人間にとって都合が良いのは発酵で、
都合が悪いのは、腐敗って言うみたいです。
なんだか、善悪の概念と似てますね~。
悪玉菌と善玉菌って聞いたことありますよね。
善玉菌はカワイイ感じで、悪玉菌は悪そうなイメージのアレです。
 
 
そんな概念はどうでも良いとして、
日本人の食生活には「発酵食品」が多いです。
醤油・味噌・酢・納豆・酒・ビール・漬物・・・。
 
冷蔵庫が無かった時代、
発酵させることで、保存期間を長くしたかった。
それもひとつの理由でしょうけど、
それだけじゃ無いでしょうね。
「菌」を体内に取り入れる事のメリットがあったり、
肌に付く、肺に吸い込むことのメリットがあったハズです。
そして、都合の良い菌で掃除も出来る。
 
 
要するに、身の周りが「菌」だらけだったんですね。
最近はどうでしょう?
CMを観ていると、
「除菌」「殺菌」「消臭」・・・。
やれ、まな板が、、、スポンジが、、、衣服のニオイが、、、。
 
そういう菌を抹殺して、クリーンな生活が良いかのようなCMだらけ。
人間にとって、菌は、無くてはならない存在なんです。
体内にだって、どれだけ居るか???
人間は、細胞と菌で出来ているという表現が出来るほど欠かせない存在です。
ソレをですね、殺虫剤を部屋中にバラ撒き、
靴にもシュッシュして、布団にまでシュッシュする。
肌からも、息からも吸い込むんですよ。
ファ◯◯ーズと言う名の殺虫剤をね。
リ◯ョイという名の殺虫剤で食器を洗う。
リ◯アという殺虫剤で洗濯する。
日常で、家の中が殺虫剤だらけ。
殺菌したからといって、汚れは取れませんしね。
 
 
殺菌、殺菌、除菌、除菌、消臭、消臭、、、。
 
 
菌の世界って、面白いんです。
誰がリーダーになるかで、質が変わるんですね。
でも、菌は、菌を殺さないらしい。
強いリーダーが居たら、他の菌は大人しくなるそうです。
そのリーダーが居なくなったら、次に強い菌が幅を利かす。
 
強い菌が居なくなったら、弱い菌でも暴れだします。
帯状疱疹なんかも、菌としては弱いのに、弱ると出てきますよね。
 
 
人間は、、、と言うより、企業は、商品を売る為に、
情報を流しています。
除菌だ、消臭だ、、、雑菌は悪だ~! とね。
それに乗せられている人は、
「汚い、、、臭い、、、」と連呼します。
自分だって菌の塊なんだから、、、って、個人的には思っています。
 
 
要するに、
菌を排除することで、人間が弱くなっていくんです。
そして病気になる、痛い所が出てくる。
医者に行く→薬を飲む。。。
どんどん弱る。
まさしく悪循環ですよね。
菌を排除すると言っても、先ほど書いたように、
排除する殺虫剤自体も、人間に悪影響を及ぼす事は想像できます。
そして、自分の中にいる、大切な菌をも殺してしまうのかも知れません。
 
 
何かを悪者にする事で、利益を得ようとする人たちが居て、
そういう概念を植え付けます。
そして、悪いものを排除することで、バランスが崩れ、
結果的に、自分たちにしわ寄せが来ます。
アトピー、喘息、アレルギーなどの一つの原因かも知れませんね。
 
良いことをしているハズなのに???
 
バランスですよね。
清潔も良いけれど、やり過ぎると墓穴を掘る。
 
良いとか、悪いとか、薄っぺらい概念で判断せず、
イメージで乗せられず、
原理原則をしっかり考えて行動してきたいものです。
 
 
とりあえず、今日は触りだけ。
もう少し掘り下げていこうと思います。





あなた以上にスゴ人は居ません(2)

カテゴリ : ETC

前回書かせて頂いたのが、9月。
(1)だったのですが、10月に友人から、
「にぃ~は、無いんかいっ!」って、突っ込まれ、書こうと思いながら年を越しました。
早いですね~(汗)
何度も書いていたのですが、不思議と完成しなくて。。。
 
 
でもコレ、どう考えても当たり前だと思うんですが。。。
 
例えば、スゴイ人の定義ですが、
・自分より、情報量の多い人。
・自分より、何かの分野で優れていると思える人。
・自分より、地位や、肩書がすごい人。
・自分より、努力をしている人。
・自分より、時給が遥かに多い人。
・・・
そんな感じでしょうか?
そんな人はいっぱい居ますよ(笑)
スポーツで、自分より優れている人。
その人を「その人スゴイ」って言うのは良いです。
ただ、そのスゴさは、人によって違いますし、
自分より優れているから、誰から見てもスゴイ人ではありませんけどね。

◯◯がスゴイ。。。は良いですね。
 


ただ、ココで言っている「スゴイ人」っていうのは、
よく耳にする、単純に「スゴイ人」の事です。
 
 
 
Aさんが、スゴイ人と思っている◯◯さん。
Bさんから見たら、タダの変態かもしれません。
 
その人を「スゴイ人」と認定するのは、間違いなく自分なんです。
 
この映画、面白いっていうのと同じですね。
誰が見ても面白い映画なんてありません。
それと同じで、誰から見てもスゴイ人なんて存在しません。
 
でもね、良く目にしたり、聞いたりする、
「あの人はスゴイ」
「スゴイ人が居てね、、、」って、言葉。
自分、こういう会話には入れないので、スル~します。
何が? どこが? なんで?
って、突っ込みたくなるんです。
大体は、興味を惹いて「会ってみない?」って話になりますから。
 
 
本当に自分よりスゴイ人が居たら大変です。
居るわけ無いんですから(キッパリ)
 
戻りますが、
誰が、スゴイ人と認定したのでしょう?
自分ですね。
誰かが、スゴイ人って言ってたから、、、って、無いですよね。
もし、そのスゴイ人が、また別の人をスゴイ人って言ったら?
・・・なんか、スゴイ人だらけで緊張してしまいますね(笑)
 
自分の世界に、自分よりスゴイ人が居たとしたら、
自分の世界は成り立ちますか?
誰が主役の人生でしょう?
自分の人生なのに、端役になっちゃいます。
 
 
仮に、人には器という概念があったとします。
自分より小さな器に入っている水は、自分の器に入ります。
自分より大きな器の水、自分の器に全部入りますか?
こぼれますよね。
限界が、自分と同じくらいスゴイと言うことです。
 
自分が成長して、器が大きくなった時、
「この人の器は、もっと大きかったんだぁ~」って、初めて氣付くんですよね。
その人の深さに氣付けたのは、自分の器が大きくなったからです。
その人が大きくなったワケじゃないかも知れません。
でも、限界は自分の器のサイズまでしか認識できないでしょ?
だから、その時に氣付いたとしても、自分の器までのサイズなんですね。
 
 
宗教団体の教祖なんて、スゴイ人じゃないと困りますよね。
確かにスゴイ人かも?知れませんが、
いくらスゴくても、自分よりスゴくは無いんです。
自分の世界ではね。
 
自分よりその人の方がスゴイと思っているから、
何でも言うことを聞いて、究極的には殺人まで犯してしまうんですね。
よく洗脳されていると言います。
確かに、洗脳技術が使われている場合も多いと思いますが、
「依存」が大きく関係していると私は思います。
 
この人の言うことを聞いていれば大丈夫。
この人が言うんだから、間違いないハズ。


・・・「人類のためにポアしろ・・・」・・・「はいっ!」
って成るんじゃないでしょうか(汗)
 
極端な事を書いていますが、
そんな人、結構居ませんか?
自分では良く分からないけど「まぁ、この人が言うんだから大丈夫だろう?」って。
 
で、
上手く行かなかった時は、「信じてたのに、、、。」
 
そして、
また被害者を選択するパターン。
 
元はといえば、依存していたのは自分なんですけどね。。。
 
 
ただ、洗脳はナメたらダメですよ。
だから私は、近づきません。
怪しさ、危険を察知したら、逃げて下さいね。
どうにかしようなんて思ったら、ダメです。
相手のほうが一枚も、二枚も上手です。
逃げるが勝ちです。
 
 
話を戻すと、
「依存」は、知らない間にやってしまいます。
 
「スゴイ人が居る」と、発言している人、
人に依存していないでしょうか?
 
「スゴイものがある」と、言っている人も、
モノに依存していないでしょうか?
 
依存は、自分の世界を明け渡しているのと同じです。
全ては自分、自己責任なんです。
 
 
依存の話になると終わらないのでまた書かせて頂きます(書きますよ~(汗))
分かったようで、繰り返してしまう。
何度も、何度も繰り返し反省しないと、知らない間にヤってしまうんです。
 
自分は依存なんてしていない。
と、思っていましたが、
知らない間に、自分で認識できない所で、やってました~(汗)
 
 
仕掛けられたスゴイ人や、スゴイものもあるでしょう。
自分で創りだした、スゴイ人も居るでしょう。
でも、結局、
自分の宇宙、世界、器、、、それ以上に大きなモノは入りません。
自分の世界の中心に居るのは、自分以外の誰でもありません。
そんなスゴイ人も居なければ、モノも無い。
誰かの都合で創りだした幻想だと、私は思っています。
もし、
自分を越える大きな人が居るとしたら、
それは、
今より成長した自分だけではないでしょうか?
 
 
一応、終わりにしますね。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。



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